ごぶごぶごぶの日記

お金をかけない東京散歩ほか、走ること食べること思うことを書いてます

草間さんへの手紙

拝啓、草間彌生様。
最近になって草間さんのファンなってしまった 今年四十五才になる者です。
この前ヘンな夢を見ましてですね。、そのことを草間さんになんとか伝えたく思い、ファンレターという形ではありますが、この手紙を読んでいただくと大変うれしく存じます。ぼくは中野区に住む走ることが唯一の趣味の男です。早稲田にある草間さんのスタジオはいつもの皇居までのランニングコースの途中なので直接届けようと思い立ち、郵便屋さんの手を介することなく、自分で書いたものを自分でお届けした次第です。切手や消印がないのはそういった理由です。

久しぶりに会社を定時で上がれるのは良かったのですが、この時間の山手線はいつも大変混むので疲れます。
帰宅ラッシュでおしくらまんじゅう過ぎて、後ろに立つ肥えたおじさんの脂肪のヌメヌメとした弾力と、目の前にいるアジア系の黒いシャツの男が知らない言葉で話している声をなんとなくただ聞いていました。梅雨の終わりなのか、夏の始まりなのか、一年で一番嫌いな時期にぼくが一番イヤな満員電車に仕事終わりの疲れた体で乗るなんて、やっぱり暗い気分になるものです。とてもいたたまれない気持ち。電車が停止するたびに発車するたびにおじさんのだらしない腹の脂肪に自分の背中がギュウ〜って密着するのです。
車両の中はクーラーが効いていても、密着した背中の部分だけはイヤな温度を一定に保ったままなので、ぼくの表情も一定に崩すことなく、ただ電車に揺られていました。

背中に感じるなまぬるい温度とだらしないおっさんの脂肪の弾力を感じていたら、ふと忘れてしまっていたはずの昨日見た夢の記憶を思い出していました。

ヨーロッパ。なぜかフランスだということは覚えています。
ある深い深い森の中に静かに建つ、白い壁に赤い屋根の、背が高く、細くて華奢なお城の中にぼくはいました。
暗いお城の中の廊下はどこまでもつづき、天井が高くて広々としたロビーには誰もが一度は美術の教科書や画集などで見たことがあるような沢山の世界の名画たちがあちこちに飾られていました。ぼくはその状況に驚きながら、これもアレも全部本物なのかなあ。すごいなあなんて思いながらそのひとつひとつを興奮しながら、ゆっくりと時間をかけて鑑賞しているのでした。
しかし、です。
静かでゆったりとしたそれまでの時間をいきなり突き破るように、後ろの方からドーンって大きな音がすると、その音は大勢の人間が荒っぽく扉をたたき破る音で、その向こうからは沢山の黒いヘルメットに黒いマントをまとった背の高い男たちが現れ、手に持った明るい鮮やかな空色のペンキで、その名画たちを次々と塗りつぶしていくのでした。
ぼくはとても怖くなって、このままでは自分も空色に塗りつぶされると恐怖を感じたので、一刻も早くこのお城から出ようと、出口を探すのですが、どこへ行っても白い壁に行き当たるばかりでうまく見つからず迷っていました。すると暗い影の向こうから赤い髪をした小さな老婆が現れボクの目の前まで近づいてきました。
真っ赤な短い髪に、黄色に黒の水玉のぶかぶかの布を被った老女。
「出口はこっちよ。」老女は冷たくなった手でぼくの手を引くと、お城の出口まで案内してくれました。
そしてこう言うのでした。
「早くここから出て、今この城で行われている恐ろしい事を世界中の人たちに伝えてちょうだい。そうしないと大切な絵たちは、黒いやつらの空色のペンキで全部塗りつぶされてしまいます。全部塗りつぶされてしまうとこの世界は終わってしまいます。だから早く、ここを出てこの事を誰かに伝えて下さい…。」
その赤い髪の女はぼくの手を震える手で強く握りしめそう言ました。その手はやっぱり冷たいままで、長く伸びた爪は真っ黒に塗りつぶされているのでした。
それで、顔を上げたその女は草間彌生さん。
あなただったのです。

「私の名前はヤヨイ クサマ」

ぼくはびっくりして「はい。もちろん知ってますよ、草間彌生さん。草間さん、ぼくはあなたの大ファンです。サインください!」っておもわず言ってしまったのだけれど、
草間さんは「いいから早く行きなさい、そして誰かに伝えるのよ。一人でも二人でもいい。誰でもいい。なるべく多くの人にこの恐ろしい状況と世界の終わりが近づいていることを伝えて。これは約束だからね。早く行きなさい」そう震える声で言われるので、ぼくは「わかりました」とこたえ、お城の外に出て、そして森の中を当てどもなくトボトボと歩くのでした。

森の中は雨が降っていました。ものすごく強い雨。そしてとても蒸し暑い。
しばらく歩くと目の前には大きな沼が現れ、そこを越えないと前には進めないことがわかりました。
でも、沼に足を取られて動けなくなったら困るので来た道を戻った方がいいのかどうしようかと考えていました。でもその沼は強くなっていく雨水を取り込み、さらにどんどん大きくなって、もっともっと大きくなって、最後にはぼくのことを丸ごと飲み込んでしまうのでした。沼の柔らかく温かい弾力を体に感じながら、
この感触。。近い過去に感じたことがあるな。
なんて考えていると…。
電車に揺られながらおじさんのだらしない脂肪の沼に身を委ねていた、帰宅ラッシュの満員電車の中にいる自分に引き戻されていったわけです。

そんな夢に見た話のことを草間さんにお伝えしたかったのです。
この不思議な夢のことは文章にして自分のフェイスブックツイッター、ブログで微力ながらなるべく多くの人に伝えました。大好きな草間さんに「伝えて」とお願いされたので。
そしてぼくはこのことを草間さんに伝えたかったのでお手紙しました。
どうぞぼくのことを変な人間だと思わないでください。

どうぞこの手紙を草間さんに読んでもらえますように。