ごぶごぶごぶの日記

お金をかけない東京散歩ほか、走ること食べること思うことを書いてます

中森明菜「心の履歴書」

例えばイチローが高校最後の甲子園予選で本塁打7本と打率7割の驚異的な記録を残してプロ入りの切符をつかんだ話や、三島由紀夫が東大卒業後に就いた官僚の職を即辞して作家になる決心をし、自己の作品出版のために紙の調達(戦後の物資不足で印刷する紙がない)を元官僚だった祖父のツテを辿って奔走する経緯など。時代の一場面を作った人物というのは世に出る前にそのような崖っぷちからの大逆転というか、ギラギラとした濃厚なハングリーさと同時に悲壮感に満ちた知られざる経験をしていることがある。

この本を読みたくて仕方がなく、書店を探すにも遠のむかしに絶版とされ、神保町の芸能本に特化した古本屋を回ってみてもまず置いてなく、試しにメルカリで探してみたらかなりの高額取引されてるのであきらめかけていた。、

 

でもどうしても読みたい。そうだアレがあった。忘れてました。そんな時は国立国会図書館ですよ。この国で出版された全書籍で置いてないものはほぼないとされる国会図書館には当然ありますよね。電車を乗り継いで「明菜本」を読みにわざわざ霞が関国会図書館まで出かけました。

200ページ弱ありましたが、ここでは貸し出しも複写も不可なので行ったその日のうちに一気読みです。他の明菜本に比べて一切写真もなく、悪く言えば装丁も貧相といえるほどのシンプルさで文字のみがビッシリとつづってあるページが異様に思えました。明菜さんほどのスターなのにこれは、、という意味です。見た目はデザインに予算をかけられない弱小編集社が出版する売れないドキュメント本みたいな印象ですが、中身はしっかりとした内容でかなりの読み応えがありました。読後はフラフラになるほど。

しかし中森明菜というビッグネームの半生を聞いたこともないマイナー出版社が手がけてるのが謎です。しかもこの本は数ある明菜本の中でも唯一本人が公認したものであり完全オフィシャル本とされているものらしい。当時のマスコミへの不信感が相当あったとされる彼女ですからメジャーな出版社からとなれば自分のホントの声は届けられないと確信していたのかも。なんて、想像してしまいます。

明菜ファンであれば、これ読みたくないですか?そんな方は国会図書館へどおぞ。その場で読むしかありませんけど、。かなり希少なのですが、もしかすると近くの図書館にあるかもなので、興味がある方は探してみてください。

出版が94年。彼女の全盛期とされる80年代を駆け抜けた絶頂期に犯した自殺未遂と金屏風騒動と、その後の休業を経た92年フジテレビ月9ドラマ「素顔のままで」で華麗なる復帰後に収録されたインタビューを軸に執筆されています。

自殺未遂、金屏風会見云々についてはほとんど触れられてないので悪しからず。でも「あの恋は本気だった」とだけは語っています。

200ページに渡る内容は、出生時からはじまり時系列を追いながら彼女がそれまでに歩んできた軌跡を振り返りつつ、その時の具体的なエピソードやそれに対する彼女自身の感じ方や思いを綴るといった構成でした。しかし本人の声はおそらく一部で、あとは筆者が肉付けしてる印象も正直ありましたが、なかなか素顔を見せない彼女の声を聞くのはリアルで生々しくもあり、ぼく個人のイメージにある中森明菜像とは同じようにも、また逆に別人のようにも思えました。

 

先に言っときますが実はぼくにわか明菜ファンでして、。彼女の歌を聴き始めたのはここ数ヶ月ほど前からです。例のTwitter開設で明菜さんがつぶやいていたのが話題になったのをきっかけに、そういえば中森明菜。昔いたよな。。その程度でした。リアルタイムの当時は子供だったことや、あまりにもメジャーなアイドル過ぎて、テレビをつけたらいつも歌ってる印象で、あの時代の風景の一部としか認識していなかったのですよね。要するにちゃんと中森明菜を聴いてはなかった。それが今になって聴いてみたところシングル曲はなぜか全て記憶の中にあり、歌詞は覚えてないがメロディは入ってる状態で、そんなに聴いてないはずなのにです。それがまずスゴイと思いました。感じたことのない別の種類の懐かしさとともに独特な彼女の魅力にどんどん引き込まれていき、今はもうずっと聴いています。明菜沼にズブズブです。それで彼女のことに興味が湧き出して、歌以外の彼女が出演しているトーク番組、バラエティ番組をYouTubeから掘り出しては、うっとり眺めている毎日です。もちろん明菜本も手に入れてそこそこ読みました。その中で見つけてしまったこの本の存在とその感想を残しておこうと思い、気ままに書いているわけです。

そんなにわかファンがまとめる本の感想と明菜さんへの思いを、好きにまとめているものなので内容的に間違った箇所もあってもご容赦くださいね。

タイトルが「不器用だから いつも ひとりぼっち」です。なんか意味深です。

若干16歳でデビューをし、誰もが知るスーパーアイドルにまで順風満帆に駆け上がっていく彼女がいて、一方同時に彼女のその胸の内にはぼくらが想像できないほどの孤独感に苛まれている彼女がいた。

その二つのは表裏一体であり両方とも同時に存在する彼女のホントの姿なのでしょう。

「スター誕生!」に挑戦し続けていたデビュー前はパワフルでハングリーというか、そこには歌手になって身を立てたい、大袈裟かもしれないが立身出世への悲壮感さへも感じさせる一面はイメージの中の明菜さんではない。

巷のありふれた少女たちが憧れるスターになりたい!有名になりたい!という甘い承認欲求や自己実現とはまるで違う。数ある職業の一つとして得意な歌を仕事にする歌手を選んだとも考えられなくもない。

6人兄弟の下から2番目の娘だったという貧しい家庭に育った彼女は大好きな母親のためにお金を稼いで車を買ってあげたい、大きな家を買ってあげたい。それが歌手になった唯一の目標だったと語る。彼女が生まれた時は六畳一間のアパートで5人家族が生活していたという。貧しいとはいえこれはかなりの状況ですよね。

子供の頃は体が弱くいつも病気がちだった。部屋の隅で膝を抱え自分の存在を消しつつ、病気で家族にいつも迷惑をかけるから、性格は大人しく周りに気を遣ってばかりだった。そんな愛情に飢えた彼女に与えられた歌と芸術的才能。それを持って世に出てしまえば、それまでの自分とは訣別することが出来る。他人を見返したかった。という意識もあったのかもしれない。そして大好きな母親に褒められたかった。有名になって楽にさせてあげたかった。

自分のためではなく人のために戦う人は強いですよね。きっかけがそれだったとは他のアイドルたちとは全く違います。

ホントは歌手ではなくて保母さんになりたかった。らしい。他の番組でも同じことを言っていたので実際そうなのでしょう。歌は好きだけど自分の歌はあまり歌いたくない。当時のつらかったことを思い出すから。これもホントのことなのでしょうね。ファンとしては寂しいのですが。オリジナル曲も好きだけど、明菜さんのカバー曲がまた良くていまはそればかりを聴いてます。

4回目に挑戦した「スター誕生!」決勝では山口百恵の「水先案内人」を素人とは思えないほどの情感に満ちた表現力と圧倒的な歌唱力で、過去最高得点でデビューへの切符をその手に掴みとる。4回挑戦の内3回はテレビ出演してるのも驚異的。打率7割五分。

当時「スター誕生!」は応募ハガキを出してからテレビ収録までが約1年。その間に書類選考が行われ、毎週各地で数千人規模の地方オーディションを経てのテレビ出演というシステムだった。オーデション自体が現在よりも数が少なく、人口も当然多いのでいまのありふれたアイドルオーディションとは合格倍率は比べるまでもない。3回目のテレビ出演では番組スタッフとも顔馴染みになりその時の面白エピソードは別のトーク番組で楽しげに語る様子も残されていた。要するに実力がないと3回もテレビ出演なんて不可能ということですよね。またその実力に導かれる強運と、スターになるべくしてなりえた選ばれた者のみに与えられた運命が引き寄せたとも言える。

そして、デビュー曲「スローモーション」のあとにリリースした2曲目の「少女A」の大ヒットによりベストテン初出演を果たしスター街道へ一気に踊り出る。

「少女A」のプロモーションでは全国のデパートやスーパーをまわり歌い続ける無名の彼女は、その後のシャープで陰のある、誰もが知る中森明菜ではなく、とにかく売れたい!大人たちを認めさせたい!そしてお金を稼いで家族に母親に喜んで欲しい!そのためならどんな苦難も乗り越えてみせる!的なそんな力強い表情をもった、あどけないが抜群のスター性と歌唱力を持つ無名の新人歌手だった。福岡のスーパーで行われた「少女A」プロモーション動画が残っていて、それ見ると泣けてきます。とにかく必死なんですよね。

歌手になって仕事が楽しかったのは新人の時だけで、テレビに出る度に母親から電話があって褒めてくれたことが1番嬉しかった。どんなに疲れていても忙しくて寝なくても平気だった。彼女はそう語る。ホントに彼女は嬉しかったのでしょう。

デビュー曲の「スローモーション」から「少女A」「セカンドラブ」「禁句」。のように、バラード、不良系、バラード、不良系。の順にイメージの全く違う曲を交互にリリースすることによって、その二つの相入れない距離感は魅惑的なギャップを生み、彼女以外の誰もできない独特な魅力をファンに印象付けさせていた。そこの計算高さは後になって気づかされるけど、制作側の絶妙なプロモーション術(売り方)は完璧に当時の少女を中心としたファンの心を鷲掴みにした。

彼女の転機となった「少女A」は彼女自身がこれから歩みだすべくアイドル像とはあまりにもかけ離れているので、あの曲はホントにイヤでイヤで歌いたくなかった。と語っている。でも一旦やるとなったらそんな自分は捨て去り、求められた役を完璧に演じ歌い切るというプロフェッショナルな意識の高さには驚く。

バラードと不良系のリリースを交互に繰り返すことでファンにインパクトを与え、同世代特に同性のファンを獲得し揺るがない地位を確固たるものにしていった。

思えばバラードの究極形が「難破船」「水に挿した花」であり、不良系の最終形が「飾りじゃないのよ涙は」「Desire」に帰着するのかなと思ったりもします。彼女の天才的な感性によって緻密に計算されているんですよね。両極端のイメージを行ったり来たりしながら表現し続けるというか、見てて飽きることがないですよね。

誰もが知る国民的アイドルに成り得た理由はそんな彼女の類い希な感性がベースにあり、その上での自己プロデュース力と作品を完成させるための執念というか純粋な努力によってもたらされたもので、やはりそんな天才が本気を出すと、スゴいことになるんだと感心してしまいます。いいですよね。すごく好きです。ずっと聴いてます。にわかファンですが。、

まだ20才前後の女性が自分で自分を表現する方法を模索し獲得していたとは驚きです。

同期のキョンキョン早見優松本伊代堀ちえみと比べてもわかるのですが、作品を作りあげるために主観的に自分の意思によって己を追い込んでいたのは彼女だけ。

さらに彼女より2年先をひた走っていた松田聖子との差別化は、「少女A」にみられたひとつ前の時代の山口百恵を彷彿とさせる陰のある不良的なカードが功を奏し、陰が強くて決して明るくはないオリジナルなアイドル像を完成させたことによって多くのファンを獲得することになる。天真爛漫でどこまでも明るくカワイイ聖子ちゃんのあとに現れた、不良的な暗さを感じさせながらも完璧な歌唱力を持った明菜さんのコントラスト。ビートルズローリングストーンズ。ミスターとノムさん。猪木と馬場。例え方がイマイチだが。

しかしあの時代この二人の個性が強すぎて彼女以外のアイドルはなんだか色褪せて見えるほどだ。

他のアイドルが中途半端だとは言わないが違うんですよね。いまのグループアイドルと比べても表現者としての実力は彼女の比にはなりません。もちろん時代も現代のアイドル市場の相違を差し引いてもという意味で。だって「難破船」を歌ったのが22歳なんですよ。あの歌唱力と表現力、存在感。自己プロデュース力や小手先の技術を超えた彼女の内に秘めた感性や生き様が表出してるようにも思え、歌うたびに命を削ってるようなので、もう歌わなくていいですよ。って言いたくもなります。

歌以外にコンサートの構成や衣装や振り付け、レコードジャケットまで計算高く緻密に彼女主体で考え抜きそれを具体的なパッケージとして作り込む。新曲のレコーディングの際には歌い方を3種類は用意して臨むことにしていた。って。これすごくないですか?プロ意識の塊というか完璧主義というか仕事への向き合い方が異常ともいえます。妥協を許さない。常にストイックに究極まで自分を追い込んで作品を創造する。アイドルを超えたアーティストというか芸術家の域にあります。「Desire」の衣装なんてまるでレデイガガですよね。あの頃に明菜さんはそれをすでにやっていたというか、レディガガが明菜さんをパクった?!とも思えてしまうほど。

なんてこの本の内容に触れつつ、明菜さんの作品や仕事に対する姿勢をここまで書き連ねてきたのですが、冒頭で触れたご本人のTwitter開設により、今年の紅白で復帰する⁈の噂が流れていたりで、ファンの間ではざわつきが止まらない。その真意は明菜さんとごく少数の人間以外に知るべき事ではないのですが、これだけの仕事を既にやった方なので、いちファンの個人がむやみな期待はしないでおきたい。

でも実現できたら嬉しいし今の彼女の歌声を聞きたくない、わけがないが、ホントにそう思っています。かなりの長い休業期間があるので、一切の妥協を許さない彼女がその舞台に立とうとすると、それが体力的心理的に大きな負担になるかもしれない。自身を究極まで追い込んでしまう表現者なので、それに耐えられるのかが心配でもあります。だったらもういいじゃないのか。なんて思いもありますが、どんな形であれ彼女のことなので、ファンを裏切らないこれまでとは違う明菜像を見せてくれると確信しているのですが。なにしろ天才ですからね。

明菜さんが過去の曲を歌うのが嫌いと言った。というわけではないが数あるカバー曲の中で今一番ぼくが聴いている、伊勢正三のフォークバラード「雨の物語」。

愛し合っているのに別れてしまう悲しい恋人の歌。出会った日も別れるその日も、偶然雨が降っているのがそんな二人にはよく似合うと苦笑する切ない歌。

中森明菜 雨の物語 - YouTube

 

長くなりました。最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

中森明菜 心の履歴書