今日はエイプリルフールで映画の日だったので、映画を観に行きました。ホントです。
その舞台を1966年の我が街佐世保に設定された青春映画でした。なんか青くてキラキラしていて、限りなく透明に近いブルーな物語でした。佐世保の友達から原作となる漫画の事は聞いていて読んだ事はあったのですが、途中で挫折してたんですよね。
映画のオープニングで佐世保駅前のモノクロ写真がスクリーンいっぱいに映されて、風景が目に飛び込んできた瞬間になんかウルっと来てしまいました。その写真は66年当時というよりおそらくもっと前の、戦後空襲からようやく街の整備も進み、立ち直りかけた佐世保の中心部の大きな教会がそびえる駅前あたりの写真で、時はつながってるんだな。。なんて思い知らされる、また、映像の力ってインパクトあるよな、漫画で読むより強く心に響いてくる。なんて感じ入ってしまいました。
66年といってもボクが生まれる6年前の佐世保、ボクの記憶にない佐世保の街。
その風景が出てくるたびに、その場所についての自分だけの記憶が蘇ってきて肝心の物語がしっかり入ってこなかったりする(*_*)
今はアーケードとなった三ヵ町。化粧品の外商をしていた祖母に手を引かれ、たい焼きを食べながら歩いていたのをよく覚えてる。楽しかった。
米兵向けの飲屋街、ここでは中学の頃の友達の母親がスナックを経営していて、お店が開かない日曜の昼間に友達と集まってカラオケ歌ってました。楽しかったです。
毎年夏になり海に行くといったら白浜海水浴場。砂に埋められた時の生ぬるい濡れた砂の温度と見上げた空から突き刺すような強い太陽の光。眩しかった。
メガネの形をした眼鏡岩。そこで遭遇した野生の猿が大きな口を開けた時に見た乱杭歯とその奥の真っ赤に燃えるような赤が迫力ありすぎて怖かった。
北高の坂道からは必ず市役所が見えるはずなのにキレイに消されてるのはCGで加工したんだろなとか、
SSK構内の工事現場に親父に連れられて行って親父の仕事が終わるのを待ってる間に飲んだよく冷えた缶コーラの味とか、
九十九島の夕日はいつ見ても必ず泣きそうになって、何もしてないのに誰かに「ごめん、オレが悪かった、。」ってなんか謝りたくなる。とか、、。
他にもそのシーンごとに思ひでぽろぽろでした。
物語の展開というよりもその背景、フレームにいちいち感動してしまうという、ボクにとっては珍しい感じ方ができた映画でした。
「行ったっちゃけどさー」っていう女の子が使う佐世保の方言があって、標準語になおすと「行ったんだけどね」になるのですが、ヒロインの女の子がその言い方をした時、あんまり久しぶりに聞いたものだからイキそうになりました。劇中二回言ってました。懐かしかった、かわいかった。
もう一回言って欲しかった。もう一回言ってくれたらイってた、と思います(*_*)
佐世保を出て30年近くもたち、佐世保にいた時間よりも離れてからの方が長くなってる事に改めて気づかされます。
家に帰り母親の声が聞きたくなって電話したのですが、この映画を彼女も観ていて話がまあまあはずみました。まぁまあです(*_*)
母親が20代の頃の佐世保が舞台なので懐かしかったのでしようか。
ボクにとっても母親にとっても、なつかしく、淡いノスタルジーが共有できる、いい映画でした。
イったっちゃけどさー。