ごぶごぶごぶの日記

お金をかけない東京散歩ほか、走ること食べること思うことを書いてます

北条民雄「いのちの初夜」

いまでは治療法や感染予防も確立されたハンセン病(らい病)なのですが、この作者が生きた昭和初期から戦後あたりまでは不治の病とされ、らい菌に感染すると皮膚は爛れ髪は抜け落ち関節まで浸潤し骨角が変形していくという残酷な病だった。病状が一目で顕著に把握できるため、この病にかかった患者は強制的に施設に隔離されることになっていた。とある家庭かららい病患者が出たとすると、家族もろとも周囲からの苛烈な差別にさらされ、村八分にされ、あたりまえの社会生活すら送れなくなったという。

重病であるだけでなく、患者はその存在を社会から抹消されて施設以外の場所で生きる選択はない。そんならい病患者だった北条民雄

彼は患者であったと同時に優れた小説家でもあり、20代そこそこだった彼が施設内で執筆した作品がこの短編集です。

読みました。全編らい病施設の中でのエピソードをベースにした物語です。彼は若くしてこの世を去るのですが、およそ年齢には見合わないほどの成熟した文体というのが第一の印象で。世間から隔絶され想像を絶する状況下での葛藤に日々懊悩しつつ思慮深く抑制のきいた言葉でいくつかの物語を紡いでいました。

文豪川端康成にその才能を見出され、芥川賞最有力とされながらも落選。選考委員長の川端からは彼に「受賞はなきものと考えよ」と告げられたその意図は、彼ほどの実力を持った若い小説家は当時の若い作家志望者のなかでも稀で、その才能を俗世に汚されてはならないという理由があったといいます。らい病患者が芥川賞を受賞となると、なるほど世間はざわつき好奇の目に晒され、それが彼の執筆活動に悪影響を与えると川端は読んでのことなのでしょう。

20代とは思えないほどの独自の文体が確立されていることにも驚きがありました。

コロナ禍。それがきっかけで多くの人に再読されているようで、番組で紹介されていたのをきっかけにたまたま読みました。

杖や義足、義眼、繃帯を伴いながら墓場へと向かう病者。死を目前にしつつも人間とはここまで美しく清い心を持ち得るものなのでしょうか。皮膚は爛れ、筋骨に病が侵蝕してもなおひかり輝く魂。身体は腐敗してしまっても力強く生きる魂。

自分の記憶に印象に残った一文をいくつか引用してみると、なんだか宗教じみた表現の羅列となってしまうのですが、時々現れるこのような文にグッと惹きつけられます。

丁寧で抑制的に綴られた文脈の間に現れるこういった一文に圧倒されるという意味で、そこだけ抜き出してみても唐突に感じられるだけなのですが。

なくなったのが戦前で、らい病の歴史も知らない人々が多いと思いますが、知られざる小説家です。汚濁の中の真理。完読したあと心が洗われたような気持ちになりました。

らい文学というレッテルはやめた方が良いと思います。

 

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