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桐野夏生「夜の谷を行く」

重信房子の釈放ニュースが報じられるタイミングに、NHKクローズアップ現代で放送された桐野夏生の特集。番組の内容は彼女の人となりやその多くの作品に込めた独自のテーマと、それが社会的弱者である若い女性に受け入れられている理由などが紹介されていた。その作品群の一つで触れられた「夜の谷を行く」

連合赤軍あさま山荘事件前夜の物語で、あの事件から50年を経た時代を生きる元連合赤軍メンバーの女性が今を生きる主人公として描かれる作品。桐野夏生は一時期かなり没頭して読んでいた時期があり、「コンセント」や「OUT」「柔らかな頬」などは特に秀逸だった。

女性作家というより、桐野夏生ならでは独特な目線。無機質な社会とその隔たりに立ちすくむ個人の不合理さ。みたいなことをテーマにしている印象があって、番組でも実際に同じようなことを自身の言葉として語っていたので、やはりそうか、。なんて感じました。

連合赤軍が長野の山岳ベースに籠って国家転覆を目論み武装闘争を画策する中、連合赤軍のメンバーを恐怖で縛り上げ毎夜の自己批判と暴力はリンチによる殺害まで発展し、その末にあの事件に繋がっていく経緯があるのですが、そこはほとんど語られていなかった。この件は他のメディアで詳細な事実が語り尽くされてるので、ここは桐野夏生作品なのでそこじゃないんですよね。

彼女のテーマ、社会と個人の不合理性。

赤軍幹部の永田洋子が実名で出てくるのですが、暴力的でヒステリックで女性特有の残虐性を秘めた人物だというメディアがレッテル付した印象は作為的なもので、実際はそうではない。でもその事実と行為を決して擁護するような描き方はしていないのだが。連合赤軍の暴力性や恐怖的なイメージが作中ではほぼ描かれておらず、現代とその当時の生活を行き来しつつ物語を淡々と追っていく組み立て方が相対的にリアルさを浮かび上がらせているようだ。普段ボクらが暮らす日常と地続きになっている不気味さがあった。

主人公の女性はあの事件から40数年ほどたった今は70前の女性。毎日のスポーツジム通いで結婚はせず少しの蓄えと、妹家族との関係以外の人間関係はほぼない孤独な老人。

20代そこそこであの事件に関わったことにより両親は早逝し、その後も妹の結婚生活を破綻させる結果となってしまっていた。妹の娘が婚約することになり、そこでも自分の過去が首をもたげ、関係だった姉妹関係も悪化していくことにななっていく。

それでも淡々と無機質に過ぎていく時間は流れていくだけで、その無表情さは彼女自身の生き方を生写ししたもので、重大なことが起きても、引き起こした罪によって家族を最悪の状況に巻き込んでも彼女自身は無機質さを貫き通す。主体性のない生き方そのものが彼女自身の罪でそのことに気づいてないイタさというか、そういったものが物語の根底に流れていた。

連合赤軍が引き起こした社会的大事件は物語のうわべにあるだけで、その下には無機質で主体性のない人間がいて、その呑気な人間性を突き詰めた作品といったことを描いた作品でした。

主体性のない生き方。確かに自分自身にも当てはまる感覚があります。誰かについて自分は遠くから見てる方が楽ですからね。しかしその弱さは周りもそして自分の身を滅ぼす。ということでしょうか。

そんな作品。社会と個人の不合理性。を軸に人の弱さを見つめる作品。

 

#桐野夏生

#夜の谷を行く

 

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